2010年6月28日月曜日

Beijing, June (3)



日常的に言葉に置き換えられるのは、建物自身ではなく、建物がどういう情報を持つかである。○○の看板のある‥、と言ったり、△△の店の向かいの‥、など建物自身は相対的には生活の中であまり情報を持ち得ていない。しかし、微細に見れば真っ白で素気なく立っているビルも決して無表情ではない。ヒルベルザイマー(計画)かハチ公(アイコン)かでだけはない、情報過多な時代における建物の公共性という点で一考の価値がありそうである。
(27 June 2010, Beijing by Taketo Nagaoka)

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